« バイバイ、大友康平 | トップページ | 看板も背負えないくせにね »

言葉の底力~近代能楽集~

彩の国さいたま芸術劇場で、近代能楽集を観劇。

凄かった。
人生の真理が、ストンと納得できたことへの衝撃。
でもそれは、初めて気づいたものではなく、
ずっと以前から漠然とわかっていたことなのだけど、
それを、他者によって初めて真正面から突きつけられて、
 「ああ、やっぱりそうだったんだ。そういうことなんだ」
と、改めて自覚できた衝撃。

その他者とは、役者でもなく、舞台でもなく、
役者が発するその言葉自体だ。
三島由紀夫が書いた戯曲そのものに、衝撃を受けたのだ。
役者も目に入らなかったし、演出も舞台装置もどうでもよかった。
ただひたすら、セリフだけに頭が支配された。

言葉に、これほどに深く感銘を受けたのは、生まれて初めてだ。
言葉の持つ力を、肌で感じた。
この感覚は、忘れられない。

これが、正しくて、美しい日本語だ。
失われているようで、人が本能で理解できる言葉だ。

ああ、でも、
三島由紀夫の言葉を理解できない役者が演じていたら、
セリフはすべて空々しくなっていたに違いない。
演出が過剰であったなら、
余計なものに目を奪われて、言葉の力に気づけなかっただろう。

そう考えると、役者も演出も素晴らしかったのだと思う。

でも、やっぱり私にとっては、
役者も演出も、
三島由紀夫の戯曲のために存在していたにすぎず、
あまり印象に残っていない。

だから、カーテンコールは、
舞台にいる役者にではなく、三島由紀夫に対して贈りたかった。
どうすれば彼に届くだろうかと、戸惑った。

結局、その答えは出せなかった。
それだけが、心残り。

いつの日か必ず、三島由紀夫その人に拍手喝采を。

|

« バイバイ、大友康平 | トップページ | 看板も背負えないくせにね »

映画とか舞台とか」カテゴリの記事

コメント

えーと、観劇ではないですが・・・
高知のSW3のTVCMにスポットで出ることになりました。
試写会では舞台挨拶します。
orz・・・

投稿: ダークサイド | 2005.06.22 02:16

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 言葉の底力~近代能楽集~:

« バイバイ、大友康平 | トップページ | 看板も背負えないくせにね »