散文

伝承のツバメ

狭っこい場所にツバメの巣があって、
周りに巣立つときの足場が見当たらなくて、
ピーピーと元気な声を聞くたびに、
巣立つとき、どうするんかなーと思っていたら、こうなった。

1007032009_2

かわいいにもほどがあるー!!!


でもこれ、実は去年の話。

今年も同じ場所に、巣ができた。
ツバメは、自分が生まれた場所に巣を作ると聞いたことがある。
だとしたら、親から教わった巣立ち方を、子に教えるかもしれない。

そうなったらすごいな。
親から子へ受け継がれたら、すごいな。

と、気にかけていたら、こうなった。

1007032010

う、受け継がれた……!

また、会いたい。
親から子へ、そのまた子へと受け継がれていく命に、また会いたい。
変わらず健気に、たくましく生きていく小さなツバメの姿に、
心にポッと灯がともったような嬉しさを感じた。

今年も頑張るかぁ!と思える節目は、年に何度あってもいい。

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今年もやるべよ

2009年の2大ニュース。

ゲンが中国に単身赴任することになったので、
戦闘機ゲンの母艦となるべく、結婚しました。

母が大動脈解離で倒れました。
退院し、なんとか歩けるようになった初夏、
母に離婚を薦め、横浜に呼び寄せました。
ウチの近所に塩梅のいい部屋を見つけ、
初めての一人暮らしの道具を揃えて、
母が楽しく過ごせるように、家の中と外の両方を、
あれこれ整えていきました。

この1年は、この2つの出来事とその余波の中で過ごしました。
周囲では台風のようにいろんなことがあったけど、
私自身には、特に何もなかったかなー。
吹き荒れる渦を、その中心から眺めながら、
あおりを受けることなく、適時に、適正に、できることを120%で完遂できた。
悔いなく、清々しく、我ながら腹の据わった1年でした。

今年も変わらず、同じようにやっていきたいと思います。

 他の作と不作を見るべからず。
 ただ己の作と不作のみを見るべし。

どんなに理不尽なことがあっても、
どんなに納得いかないことがあっても、
すべての原因は自分の未熟にあり。
所々で適切に周囲の力は借りつつも、
壁は己で乗り越え、山は己で切り開き、
他に有無を言わせぬ説得力を持って、見える道を進もうじゃないの。

それが、私のマイペース。
毒をも残らず糧にして、最強の40代目指して頑張りまーす(^ω^)


2010

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大反響

こないだ、ニュースをネタに日記を書いたら、
そのニュースから日記に飛んでくる人が予想以上にたくさんいて、
書いてから30分で当日のアクセス数が1000件を突破。
こんなの初めてだったので、かなり驚いた。
これがmixiなのか……と思った。

そして、さらに驚いたことに、
私の日記に同調してくださる方、励ましてくださる方、
「トラウマになってませんか?」などと心配してくださる方など、
書き込みではなく、メッセージでもたくさんいただきまして。
これも、mixiならではなんでしょうね。

いやはや、お騒がせしました。
メッセージをくださった皆さんに、返信でお伝えした通り、
改めて御礼申し上げます。

ありがとうございました!

そして、

 「アンケートのあと、部活動は続けられたんですか?」
 「そのあと、学校には普通に行ったんですか?」

という質問がいろんな方から寄せられたので、
それにお答えして、この話題は〆させていただきます。

合唱部を途中で辞めたりはしませんでした。歌うのは好きだったし。
学校にも、普通に通ってました。
何か意地悪されたような記憶もないです。
単に覚えてないだけかもしれませんが。

サッパリ気にしてなかったんですよ。
遊び友達に嫌われたら痛手だったけど、
部活は、今の私にとっての「仕事」に近い感覚だったから、
苦手な人がいようが嫌われようが、関係なかったんです。
楽譜の通りに一緒に歌わざるを得ない合唱部ですから、
足を引っ張られるようなこともなかったし。
他の部活動だったら、そうはいかなかったかもしれないから、それは幸いでした。

それに、何も私一人が完全孤立状態になってたわけではないので。
よくある話ですが、合唱部もいくつかの仲良しグループにわかれていました。
そのうちのひとつのグループに、仲のいい子がいたので、
自然とそのグループの子たちとも一緒にいることが多かったのですが、
そのグループと敵対するグループがあったりして、
嫌いだなんだと、日常茶飯事で女子ならではのちっちゃい小競り合いは
いくつかあったように記憶しています。
今回の「アンケート事件」も、その中のひとつだったと言えます。

とにかく、私にとっては、
「知らない男子に叫ばれたこと」への驚きと戸惑いだけが、
強く印象に残っています。
それから、私の名前をサッと手で隠した子の顔と名前も、
そのときのシーンで鮮明に思い出せます。
一生忘れない。
明確に「嘘をつかれた」、初めての経験だったから。

この件をきっかけにして、

 「この人は今、私に笑ってるけど、何を考えているかはわからない」

という考えを持つようには、一時期なりましたね。
そういう意味では子供心にトラウマになったのかもしれませんが、
それが、大人の階段上る、ということなのだと、思います。

いいことも悪いことも、いろんなことに気がつきながら、
それを受け止めて身に刻みながら、分別のある大人になっていくんでしょうね。
ま、30も過ぎれば、すべてが他愛もないことです。

なんら刻み込まずに、不平不満や文句に変えてブーブー言ってるだけだと、
そのまんまの大人になるんだと思います。

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私も同じことあったよ

「嫌いな人」実名公表され提訴

小5の頃、合奏部に入ってたんだけど、
その合奏部の全員が、何かのアンケートを書いたことがあった。
A4で1枚の紙に、いくつか質問があったんだけど、その中に、

 ・好きな人は誰ですか
 ・嫌いな人は誰ですか

という質問があった。その名前を書け、とあった。
好きな人のことを書いたどうかは覚えていない。
でも、嫌いな人は思い浮かばなかったので、どうしようかなぁと思って、
前の席の友達は何か書いたかなぁと思って、
席から立ち上がり、友達の横に立って、
 「ねぇねぇ、なんか書いた?」
と声をかけて、そのとき、何の気なしに友達のアンケート用紙に目を落としたら、

 安部 朋実

と書いてあった。漢字だったか、平仮名だったかは、忘れたけれど。
それを、友達がサッと手で隠して、
 「ううん、どうしようか考えてるところー」
と、ちょっと不自然な顔で、私に笑った。
そのときは、どの質問欄に書いてあったのかわからなかったし、
「私の名前だったなぁ」と思っただけで、気に留めなかったんだけど。

数日後から、妙なことをされるようになった。

下校時間になって、下駄箱のところで靴を履いていたら、

 「アベ! キラワレモノ!!」

と叫ぶ男の子の声が聞こえた。
アベって私のことだけど、キラワレモノってなんのことだ?
振り返って声のした方向を見たら、知らない男子がこっちを見ていた。
はっきり目があって、男子がニヤニヤ笑ってた。

 「アベ! キラワレモノ!!」

ハハハハ!と笑いながら私の横を走り抜けて、靴を履き、
外に走り出しながら、「アベ! キラワレモノ!!」「アベ! キラワレモノ!!」と
何度も叫びながら走り去っていった。

なんで私がキラワレモノなの?
まったく意味がわからなかった。

それから毎日、同じことが続いた。
同じ男子が、休み時間の廊下や階段で、時には他の男子と一緒になって、

 「アベ! キラワレモノ!!」

と、笑いながら叫んでは走っていった。
あれは、誰なんだろう? なんで叫ばれるんだろう?
そのときの私は、それだけが気になって、
叫ばれている言葉の意味まで考えてなかったんだけど、
後日、その男子は合奏部の6年生と同じクラスで、
合唱部のアンケート結果で、私が「嫌いな人」ナンバーワンだったことを
合唱部の女子から聞いて、それであんなことを叫んでいるのだと、
多分、友達が教えてくれて、知った。

そのとき、いろんなことが頭をよぎった。
私の名前を手で隠したときの、あの不自然な顔。
そのあと、その子が別の子のところにいって
「見られたかも……」とひそひそ話をしていたこと。
アンケートを回収して6年生と先生が集計しているあいだ、
なんかこっちをチラチラ見られてたなぁとか、
そのときは何も気にしなかったいろんなことが、
全部意味を持って私の頭を支配した。

人生で初めて、「実は、陰で嫌われている」という感覚を知った瞬間だった。
そのときはまだ、「嫌う」とか「憎む」というのがどういうことなのか
よくわからないでいた頃だったけど、背筋が冷えたのは覚えている。

私は、物心ついた頃から、「皆と同じ」系統の女の子ではなかった。
好き嫌いや善悪に対する気遣いに疎く、思ったことをズバズバ言い、
成績はよく、大人の言うことは素直に聞き、先生受けが良かった。
そして、女子の群れる行動に交じれなかった。
彼女たちの話はつまらなかったし、愛想を振りまけなかった。
一人でいることが多かったし、割と合理的でシビアだった。

だから、よく「偉そう」 とか、言われてたんだろうと思う。
それが原因で嫌われていたんだろうということは、
ずっと後になってから気がついたことで、
そのときは、何故嫌われているのか、まったくわからなかった。
それがまた、いろんな人の神経を逆なでしていたんだろうと思う。
実際、知らない男子に「アベ!」と呼び捨てにされるのがひたすら不愉快だっただけで、
それ以外に不都合は特になかったように思う。
群れる女子から距離を置かれたって、困ることは何もなかった。

でも、「他の人も皆、自分と同じことを考えている」と思ってたぐらい幼かったので、
「裏ではみんな、違うことを考えているんだ」ってことは、すごくショックだった。

大人を階段を上った。
自分の中の何かが、ガラリと音を立てて変わった。


彼らは、大人の階段を上ったのだろうか。

浅はかな行動を取ってしまうことは、誰にでもあることだから、
変なアンケートを作っちゃったり、ネタをもらしたり、
それで人をからかったりっていうのは、 一度はあってもしょうがないと思う。

問題は、二度とやらないと学ぶことができるかどうかだ。

先生は、たぶん教職員会議で怒られたんじゃないかと思う。そんな噂を聞いた。
でも、ネタをもらした女子と、ガキくさい行動に出た男子はどうだろう。
軽く注意されていればまだいいほうで、性根は変わらず、
そのまま大人に、ヘタすると人の親になってるんじゃないだろうか。

私も、相変わらずですから。

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Love Letter to...

押してもダメなら、引いてみる。
引いてもダメなら、押してみる。

それは、実はただの一人相撲で。

そんなに無理して頑張らなくてもいいじゃない。
ただ好きなだけで、いいじゃない。
無償の愛とか、そういうむずかしいことじゃなくて、
ああ、私はあの人が好きだと、思える幸せ。
そんなふうに好きな人がいる、幸せ。

なにものにもかえがたい気持ち。
それがあの人に伝わらなくても、
伝えることができなくても、
どうか、苦しまないで。そんなに、泣かないで。
あきらめたりしなくてもいい。
忘れたりなんか、しなくてもいいから。

本当に、なにものにもかえがたい気持ちなのだから。
それはとても、愛しくて、きらきらと輝く、
奇跡のような心の動きなのだから。

切ないかもしれないけれど、
さみしいかもしれないけれど、
それでも、あの人が好きだと思うその気持ちは、
あなたの心をあたたかく灯し、笑顔を柔らかくふちどる。

どうか、あなたの気持ちが空へと昇り、
大好きなあの人の幸せを照らすことができますように。

胸の奥の思いを包み込むすべての人たちへ。
メリー、クリスマス。

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あとどれだけ時間をかければいいのか

とても長い夏休みを過ごした。

長い休暇を取ると、いろいろとあるもので。
久々の休みだ~と、脳天気にウキウキしていた自分が、
遠く離れてしまった。

疲れた。
疲れてしまったよ。

たったひとつの出来事に、
それ以外の楽しい夏休みが全部支配されて、覆われてしまった。
考えないようにしようとしたって、思い浮かんでしまう。
楽しい記憶はうつろな影になり、
なまりの重みが胸に広がる。

さあ、どうやって立ち直ろうか。

東京は、「否が応でも、あっというまに日常に連れ戻される」場所だと言われた。
でも、その日常でさえも、なまりの重みがふと思い浮かんでしまえば、
瞬時にすべて暗い影となる。

その暗い影を、どうやってやり過ごそうか。

とりあえず、ここにこうして書き吐き出したら、
なにか整理できるかとも思ったんだけど、
何年間も積もらせてきた挙句に泥炭と化した疲れが、
1ページで解消するわけもなく。

夏休みの楽しい思い出を書こうと思ったけれど、言葉が出てこない。

北海道に行ったんです。ゲンと2人で。
温泉に泊まって、馬に乗って、岬で風に吹かれて、
おいしいものもたくさん食べた。

でも、素直に思い出せない。
すごく楽しかったのに。

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私の哲学・座右の銘

グチや文句はうっとおしい。
根本を解決する気が微塵もなく、
“自分は正しい”という前提に固執する主義主張は見苦しい。

本当に正しいか?
本っ当に、正しいと言えるのか?
そう自問自答すると、
私は、自分の怒りに自信がなくなってくる。

何か問題が起こったとして、
例え100%相手が悪くても、
それは予測できることではなかったのか。
何か手段を講じておけるはずではなかったか。
フォローは足りていたか?
愚痴る前にやれることはないか?
今の私にできることは何か。
いや、何ができなければならないか。
できるようにならなければならないのか……。

いつしか、相手が悪いのは、
私の力不足のせいなんじゃないか、と
自己否定すんでのところまで考えてしまうことも、ままある。

どうも、加減が難しい。
が、その自己否定は、今や私にとっては“自己肯定”になっている。

 「他の作と不作を観るべからず。ただ己の作と不作のみを観るべし。」

他の人が何をして、何をしなかったかを問題にしてはいけない。
ただ、自分が何をして、何をしなかったのかを考えなさい。

「相手は関係ないでしょ」と、あっさり言い切るこの言葉が、
慢心していた私の心を、まっすぐに射抜いた。
自分に自信があるせいで、相手の欠点を受け入れられず、
そのせいでいろいろな失敗をしてきた。

それを、諌めてくれた言葉だ。

 「自分が何をしなかったかを考えなさい」

この言葉を得て以来、いやなことがあっても、
ただ己の作と不作だけを見て仕事をしている。
横取りされようが、嘘をつかれようが、
中途半端に丸投げされようが、責任をなすりつけられようが、
尻拭いだろうがなんだろうが、
“己の作”だと思って地道にこなしてきた。

周りの不条理に対して、怒る前に考えた。
ありとあらゆることに、手を尽くしたか。
「自分の担当じゃない」と逃げてもいいけど、
一切関わりのないことか?
もしくは、関わる余裕がない?

それは、自分が無能だからだ。

自己否定をするだけすれば、見えてくる。
自分が色眼鏡で見ている相手と、同じ土俵にいることが。
目クソ鼻クソのプライドで、せこい勝負をしていたことが。

誰にも文句は言わせずに、
怒るときは全力でちゃぶ台をひっくり返したい。

そのために、己の作と不作を省みながら、
今日も一所懸命、誠心誠意、前を向いて頑張ります。

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大切な心の故郷だから

今日は、久しぶりに1人だ。

どこに行くにも、ゲンが一緒じゃなきゃつまらない。
でも、1人で行きたい場所が、ひとつだけある。
それは、「井の頭線」。

この機会に、行ってみようと思い立った。

高卒で上京して、専門学校に入って、初めて1人暮らしをして、
初めてバイトをして、初めての恋をして、失恋もして、
初めて社会に出て、仕事の厳しさを学んで、挫折して、
そして、初めて自分を肯定できた場所。
何もかもが初めてで、嬉しくて、毎日が自由だった。

でも正直、その頃の記憶はもう曖昧だ。

学校の友達とはそれっきりだし、
そこで学んだことは、その後に全然活かされてないし、
最初の仕事も神経性胃炎と胃痙攣に悩まされて半年で辞めたし、
初めての恋も“恋に恋する”状態で、
本当に相手のことが好きだったのか今思うと疑問だし、
だからなのか、一方的に執着していたくせに、
ある日突然冷めてスパッと終わりにしてしまった。
引きこもり気味だったし、結構だらだらしてたし、
人に語れるような輝くような時間では決してなかった。

それでも、大切な時間だったんだと思う。
井の頭線に乗ると、あの頃の感覚が胸の中によみがえってきて、ジンとくる。
別に何を思い出すわけじゃないのに、
渋谷で井の頭線の改札を通った瞬間から、じんわりしてしまうのだ。

そして、駅のホームに、車内に、あの頃の私を探してしまう。
見つけたら見守りたくて、探してしまう。
「大丈夫だよ」と言ってあげたくて、たまらなくなるのだ。

そんなふうにじんわりしながら、
渋谷から急行に乗って、永福町で各停に乗り換えて、吉祥寺に向かう。
あの頃の乗り方が、体になじんでいる。
途中、久我山で降りることにした。
神田川沿いを高井戸に向かって歩く。
目的は、川沿いの桜並木。
そのうち、住んでいた町に着く。
駅前の景色のあまりの変わらなさに、ものすごく嬉しく、切なくなる。

そのまま川沿いを歩いていったら、
いつも本を読んでいたベンチも、そのままあった。

そこで一服。
この季節にいつも作っていたおいなりさんを、今日も作って持ってきた。
ほおばりながら、本を読み、たまに桜を見上げる。

完全に、リラックス。
心がほぐれて、全身がリセットされる。

本を閉じて、また歩き出して、高井戸駅に着く。
もう、じんわりは消えていて、身も心もサッパリしている。
電車に乗っても、あの頃の私を探すことはない。

こんなふうに、井の頭線に乗って気持ちが求める場所を歩くと、
体がキレイになるような気がする。
他に代わる場所はない。
そしてこれは、1人じゃないとダメなのだ。

家に着いて、一息ついてるところに、ゲンが帰ってくる。
その、ただいま~と言ういつもの何気ない顔が、とても好きだと思った。

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